1999年10月26日から2004年10月12日まで続けたマーケティング的コラムをブログとして復活させました。
大昔に会社の部門報に書いた文章も少々。
実は、今「沖縄」にいます。
これから都合2週間、沖縄に滞在して、企業ヒアリングなどをするために来ております。
沖縄に上陸したのは、これで4回目。
3回目というのは、宮古島へ遊びに行く途中、ちょっと寄っただけ。
その前の2回目は、「あるところにゴルフ場を造りたいんだけど、どうかな…」というネタで、沖縄本島のゴルフ場を、色々調べました。
そして、初めて沖縄に来たのは、忘れもしない高校2年の12月。
1980年です。
一人で、テントを担いで、バックパッキングで4泊5日、放浪の旅をしたのでした。
日本ハム新庄がキャンプをやっている名護球場の、すぐ横にある名護ビーチにテントを張ったりしてね。
テントで一人寝る外を、見回りの地元の人が、「なんだべな~コレは~」みたいに話していたことを思い出します。
1人用のナメクジ型テントでしたから、「なんじゃコリャ?」と思われたのでしょう。
外から懐中電灯で照らされるテントの中、一人ひっそりしていました。
当時はケータイも、パソコンももちろんありません。
バックパッカーには、「ラジオ」が唯一の情報源でした。
でも、当時の沖縄の民放は…、何だっけな…、「極東放送」じゃないな、あまりたいした放送は、ありませんでした。
で、「FEN」を聴いていました、「Far East Network」、米軍の放送です。
もっとも、普通の生活の中で、FENは割と聴いていたんですけどね。
全米チャート聴きたさに。
そして、忘れもしないのが、ジョン・レノンの「Starting Over」。
5年ぶりのリリース、10月にすぐ、チャートトップに立ち、でもその後落ちました。
そして、例の12月8日があって、チャートトップに返り咲いた記念すべき全米トップ40を、沖縄の地で、FENから聴いていたのでした。
あれは、「石川ビーチ」でした。
砂浜にテントを張って、その中でラジオを聴いていた時のこと。
今でも「Starting Over」のイントロの鐘(鈴?)、「チ~ン、チ~ン、チ~ン」を聴くと、あの夜のビーチのテントの中を思い出します。
なので、今、メモリースティックに「Starting Over」を、わざわざ入れて持ってきて、VAIOで聴いてます。
思い出の地で、想い出の曲を聴きたいな…ということで。
ラジオから、メモリースティック、VAIOと、聴くかたちは、随分と変わったけど。
---
今回の考えたいのは、「200億円の報酬」です。
もちろん、元日亜化学、中村修二氏の件です。
中村氏をテーマとして、だいぶ前に取り上げたことがあります(00年3月16日、No.23号)。
この時は、「あなたが、もっと会議くらい出ていたら…」ということがテーマの中心でした。
「従業員の身勝手な行動はいかがなものか」ということです。
そして、200億円。
私はやっぱり「いかがなものか」と思っています。
それというのも、この人は、「特許の報酬」的なものとして、対価を要求していた。
そもそも、日亜化学が、こんな「革命的な発明」を、「2万円」で済ませようとしたところに、ボタンの掛け違いがあると思います。
この「2万円」という話は、また別な意味で論外だとも思うので、ここでは置いておきます。
今回の判決に対して、私が疑問に思う点がいくつかあります。
そもそも「青色発光ダイオードとは、どれほど画期的な発明なのか」ということです。
たしかに、この発明のおかげで、電光掲示板は、より鮮明に画像を映し出すことができるようになった。
交通信号も低消費電力で、しかも見やすくなったのでしょう。
これが「ダイオード(そのもの)を発明した」というのなら分かります。
いくら「今世紀中は難しい」とはいえ、所詮、「緑と赤」があった上での「青」でしょ?
こういう文科系的な発想は、してはいけないんですかね。
文科系人間としては、価値が「そこまでのものなの?」という意味が、今ひとつ理解できません。
「ゼロから1を作り出す価値」なら理解できます。
「蓄音機」「トランジスタラジオ」とか、まあそういうエジソン的な「基礎商品」みたいなものを発明したというなら、文科系人間にも、その価値の高さは理解できる。
そんな発明には、売上の50%でもいいでしょう。
こう言ってはなんですが、「青色発光ダイオード」って、別に無くてもよかったものじゃないんですかね?
もっとも、世の中のほぼすべての発明品は、「無くてもよかったもの」だと思います。
「ラジオ」なんて、無ければ無かったで、我々は困らなかったはずですものね。
人間、「無いものの価値」は判断できないものです。
今回の「青色ダイオード」は、何となく「業界関係者」だけで、「これは今世紀中には発明できない」とか、勝手に限界を作って、盛り上がっていただけような気がするんですが…。(-_-;)
そもそも、「20世紀中には無理」って、誰が決めたの?
その人の、狭い了見の中で考えたら、「無理」だっただけでしょ。
「岡野加工」の岡野雅行とか、大田区や東大阪のオヤジたちだったら、1週間で「発明」しちゃうような気もするんですけど…。
そりゃ、信号の消費電力が少なくて、渋谷のハチ公前から見える電光掲示板やネオンが綺麗に映っていれば、少しは嬉しいのかも知れない。
でも、別に無くてもいいんじゃないの?
そんな気がしてならないんですよね…、文科系人間としては。
その対価が200億円…。
大田区の町工場のオヤジあたりが言ってくれないかな、「実はたいしことない発明だよね」って。
文科系的に、もう一つ言いたいのは、例えば、私がサラリーマン時代に、「オリジナル企画」でクライアントから受注できた企画は、通常の月給以上に、申請すれば「付加価値」をもらえたってことになるのかということ
受注金額300万円でも、同じ企画で何社からも受注できて、総額1000万を超えたら、その利益の50%を受け取る価値はあるというの?
「企画」だって、「発明」といえばそういうもんだぜぇ。
文科系人間には、「特許」という保証への関わりが薄いだけに、どうしてもヒガミっぽく考えてしまいますね。
でも、日本の文科系サラリーマンが、さまざまな「企画料」を会社に請求したら、果たしてもらえるのでしょうか?
そんなことはないですよねぇ。
そんなことしたら、日本中の会社が、特許料だけで潰れてしまいます。
「さまざまなリスクを、会社が担保してくれるから、サラリーマンはノホホンと仕事ができる」。
今回の判決は、どこかのニュースで、彼の恩師が言っていましたが、「ノーリスクで、超ハイリターンということが問題」という気がします。
彼も、ここまでウダウダ言うのだったら、「発明できそうだ」と思った時点か、もしくは「発明できた!」という瞬間に、会社を辞めればよかったのに…と思いますね。
そして、その「発明」を持って、アメリカに渡ればよかった。
なのに、さらに「未請求」だった約400億円まで請求するなんて…。
サラリーマンに安住していたのに、「偶然」画期的な発明をしただけなのに、どこか高飛車な部分が、ちょっと癪に障ります。
彼が、これで自ら会社を辞めて(勧誘される以前に)、自ら資金を集めて、自ら営業を組織して、自ら販売した…というのなら、世の中の文科系人間(≒営業しか能のない人間)は、少しは納得できるのではないのでしょうか。
本田宗一郎や、井深大、松下幸之助の悪口を言う人はいませんものねぇ。
「発明しかできないヤツ」の価値は、そんなに高くないと言いたいです、文科系的には。
さらに、もう一つ。
4年前のコラムにも書いたとおり、彼は、会社で浮いていたようですね。
その辺の「マイナス要因」は、裁判所としてどう評価すべきなのでしょうか。
例えば、「彼がもっと、会社の指示に従って発明をしていれば、もっと早い時点で発明が可能だった」と判断するとか。
要するに、彼のやっていたことは、彼の自分勝手を容認してくれた大旦那(亡き社長)の庇護があったからこそでしょう。
それを顧みることなく、他の従業員のモチベーションに対する影響を慮ることなく、身勝手な行動をしただけにしか思えません。
他の従業員のモチベーションが低下したことに対する「マイナス要因」を、裁判所は、どのように評価するのでしょうか。
勝てば官軍か?
今の時代は、集団行動が、どんどんないがしろにされてきているような気がします。
表面上は、「個」を尊重する時代になってきていますからね。
でも、それじゃ、サラリーマンじゃないでしょ。
そんなんだったら、みんな独立して、一人でやればいい。
一人では仕事ができないから、組織に属しているはずなのに、それをどこかに置き忘れている人が多いような気がします。
今回の「事件」は、それを象徴する事件なのではないでしょうか。
彼は、あくまでも「サラリーマン」だったはずです。
日亜化学と「契約」していたわけではない。
だのに、ちょっと「発明」しただけで、高額な対価をもらう「資格」がある。
どこかおかしい気がします。
これからは、すべての会社は、すべてのサラリーマンと「契約」することになるのでしょう。
「第1条 甲は乙に対し、マーケティング活動の効果的に行うことを補助する…」とか。
いや、冗談でなく、今回の判決は、こういうことをもたらすはずです。
---
ところで、「彼」に関しての、日亜化学の同僚達の意見を聞きたいところです。
それが全然出てこないのは、会社が箝口令をしいているからなのでしょうか。
同僚達は、どう思っているのでしょうか、200億円、そして600億円を、会社から持っていこうとする元同僚を。
これから都合2週間、沖縄に滞在して、企業ヒアリングなどをするために来ております。
沖縄に上陸したのは、これで4回目。
3回目というのは、宮古島へ遊びに行く途中、ちょっと寄っただけ。
その前の2回目は、「あるところにゴルフ場を造りたいんだけど、どうかな…」というネタで、沖縄本島のゴルフ場を、色々調べました。
そして、初めて沖縄に来たのは、忘れもしない高校2年の12月。
1980年です。
一人で、テントを担いで、バックパッキングで4泊5日、放浪の旅をしたのでした。
日本ハム新庄がキャンプをやっている名護球場の、すぐ横にある名護ビーチにテントを張ったりしてね。
テントで一人寝る外を、見回りの地元の人が、「なんだべな~コレは~」みたいに話していたことを思い出します。
1人用のナメクジ型テントでしたから、「なんじゃコリャ?」と思われたのでしょう。
外から懐中電灯で照らされるテントの中、一人ひっそりしていました。
当時はケータイも、パソコンももちろんありません。
バックパッカーには、「ラジオ」が唯一の情報源でした。
でも、当時の沖縄の民放は…、何だっけな…、「極東放送」じゃないな、あまりたいした放送は、ありませんでした。
で、「FEN」を聴いていました、「Far East Network」、米軍の放送です。
もっとも、普通の生活の中で、FENは割と聴いていたんですけどね。
全米チャート聴きたさに。
そして、忘れもしないのが、ジョン・レノンの「Starting Over」。
5年ぶりのリリース、10月にすぐ、チャートトップに立ち、でもその後落ちました。
そして、例の12月8日があって、チャートトップに返り咲いた記念すべき全米トップ40を、沖縄の地で、FENから聴いていたのでした。
あれは、「石川ビーチ」でした。
砂浜にテントを張って、その中でラジオを聴いていた時のこと。
今でも「Starting Over」のイントロの鐘(鈴?)、「チ~ン、チ~ン、チ~ン」を聴くと、あの夜のビーチのテントの中を思い出します。
なので、今、メモリースティックに「Starting Over」を、わざわざ入れて持ってきて、VAIOで聴いてます。
思い出の地で、想い出の曲を聴きたいな…ということで。
ラジオから、メモリースティック、VAIOと、聴くかたちは、随分と変わったけど。
---
今回の考えたいのは、「200億円の報酬」です。
もちろん、元日亜化学、中村修二氏の件です。
中村氏をテーマとして、だいぶ前に取り上げたことがあります(00年3月16日、No.23号)。
この時は、「あなたが、もっと会議くらい出ていたら…」ということがテーマの中心でした。
「従業員の身勝手な行動はいかがなものか」ということです。
そして、200億円。
私はやっぱり「いかがなものか」と思っています。
それというのも、この人は、「特許の報酬」的なものとして、対価を要求していた。
そもそも、日亜化学が、こんな「革命的な発明」を、「2万円」で済ませようとしたところに、ボタンの掛け違いがあると思います。
この「2万円」という話は、また別な意味で論外だとも思うので、ここでは置いておきます。
今回の判決に対して、私が疑問に思う点がいくつかあります。
そもそも「青色発光ダイオードとは、どれほど画期的な発明なのか」ということです。
たしかに、この発明のおかげで、電光掲示板は、より鮮明に画像を映し出すことができるようになった。
交通信号も低消費電力で、しかも見やすくなったのでしょう。
これが「ダイオード(そのもの)を発明した」というのなら分かります。
いくら「今世紀中は難しい」とはいえ、所詮、「緑と赤」があった上での「青」でしょ?
こういう文科系的な発想は、してはいけないんですかね。
文科系人間としては、価値が「そこまでのものなの?」という意味が、今ひとつ理解できません。
「ゼロから1を作り出す価値」なら理解できます。
「蓄音機」「トランジスタラジオ」とか、まあそういうエジソン的な「基礎商品」みたいなものを発明したというなら、文科系人間にも、その価値の高さは理解できる。
そんな発明には、売上の50%でもいいでしょう。
こう言ってはなんですが、「青色発光ダイオード」って、別に無くてもよかったものじゃないんですかね?
もっとも、世の中のほぼすべての発明品は、「無くてもよかったもの」だと思います。
「ラジオ」なんて、無ければ無かったで、我々は困らなかったはずですものね。
人間、「無いものの価値」は判断できないものです。
今回の「青色ダイオード」は、何となく「業界関係者」だけで、「これは今世紀中には発明できない」とか、勝手に限界を作って、盛り上がっていただけような気がするんですが…。(-_-;)
そもそも、「20世紀中には無理」って、誰が決めたの?
その人の、狭い了見の中で考えたら、「無理」だっただけでしょ。
「岡野加工」の岡野雅行とか、大田区や東大阪のオヤジたちだったら、1週間で「発明」しちゃうような気もするんですけど…。
そりゃ、信号の消費電力が少なくて、渋谷のハチ公前から見える電光掲示板やネオンが綺麗に映っていれば、少しは嬉しいのかも知れない。
でも、別に無くてもいいんじゃないの?
そんな気がしてならないんですよね…、文科系人間としては。
その対価が200億円…。
大田区の町工場のオヤジあたりが言ってくれないかな、「実はたいしことない発明だよね」って。
文科系的に、もう一つ言いたいのは、例えば、私がサラリーマン時代に、「オリジナル企画」でクライアントから受注できた企画は、通常の月給以上に、申請すれば「付加価値」をもらえたってことになるのかということ
受注金額300万円でも、同じ企画で何社からも受注できて、総額1000万を超えたら、その利益の50%を受け取る価値はあるというの?
「企画」だって、「発明」といえばそういうもんだぜぇ。
文科系人間には、「特許」という保証への関わりが薄いだけに、どうしてもヒガミっぽく考えてしまいますね。
でも、日本の文科系サラリーマンが、さまざまな「企画料」を会社に請求したら、果たしてもらえるのでしょうか?
そんなことはないですよねぇ。
そんなことしたら、日本中の会社が、特許料だけで潰れてしまいます。
「さまざまなリスクを、会社が担保してくれるから、サラリーマンはノホホンと仕事ができる」。
今回の判決は、どこかのニュースで、彼の恩師が言っていましたが、「ノーリスクで、超ハイリターンということが問題」という気がします。
彼も、ここまでウダウダ言うのだったら、「発明できそうだ」と思った時点か、もしくは「発明できた!」という瞬間に、会社を辞めればよかったのに…と思いますね。
そして、その「発明」を持って、アメリカに渡ればよかった。
なのに、さらに「未請求」だった約400億円まで請求するなんて…。
サラリーマンに安住していたのに、「偶然」画期的な発明をしただけなのに、どこか高飛車な部分が、ちょっと癪に障ります。
彼が、これで自ら会社を辞めて(勧誘される以前に)、自ら資金を集めて、自ら営業を組織して、自ら販売した…というのなら、世の中の文科系人間(≒営業しか能のない人間)は、少しは納得できるのではないのでしょうか。
本田宗一郎や、井深大、松下幸之助の悪口を言う人はいませんものねぇ。
「発明しかできないヤツ」の価値は、そんなに高くないと言いたいです、文科系的には。
さらに、もう一つ。
4年前のコラムにも書いたとおり、彼は、会社で浮いていたようですね。
その辺の「マイナス要因」は、裁判所としてどう評価すべきなのでしょうか。
例えば、「彼がもっと、会社の指示に従って発明をしていれば、もっと早い時点で発明が可能だった」と判断するとか。
要するに、彼のやっていたことは、彼の自分勝手を容認してくれた大旦那(亡き社長)の庇護があったからこそでしょう。
それを顧みることなく、他の従業員のモチベーションに対する影響を慮ることなく、身勝手な行動をしただけにしか思えません。
他の従業員のモチベーションが低下したことに対する「マイナス要因」を、裁判所は、どのように評価するのでしょうか。
勝てば官軍か?
今の時代は、集団行動が、どんどんないがしろにされてきているような気がします。
表面上は、「個」を尊重する時代になってきていますからね。
でも、それじゃ、サラリーマンじゃないでしょ。
そんなんだったら、みんな独立して、一人でやればいい。
一人では仕事ができないから、組織に属しているはずなのに、それをどこかに置き忘れている人が多いような気がします。
今回の「事件」は、それを象徴する事件なのではないでしょうか。
彼は、あくまでも「サラリーマン」だったはずです。
日亜化学と「契約」していたわけではない。
だのに、ちょっと「発明」しただけで、高額な対価をもらう「資格」がある。
どこかおかしい気がします。
これからは、すべての会社は、すべてのサラリーマンと「契約」することになるのでしょう。
「第1条 甲は乙に対し、マーケティング活動の効果的に行うことを補助する…」とか。
いや、冗談でなく、今回の判決は、こういうことをもたらすはずです。
---
ところで、「彼」に関しての、日亜化学の同僚達の意見を聞きたいところです。
それが全然出てこないのは、会社が箝口令をしいているからなのでしょうか。
同僚達は、どう思っているのでしょうか、200億円、そして600億円を、会社から持っていこうとする元同僚を。
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